アスカが扉を開けると、そこには柔和な顔をしたメガネをかけた男が座っていた。
「こんにちわ、アスカ。どうぞ、中に入って」
そう言った男は笑っていた。社交的な笑みだとはいえ、それは人の心を和ますような微笑であった。
「…………」
そんな男性とは対照的に、心からあふれ出る不快感を隠そうともせず、アスカは黙って部屋に入っていく。
「そこにかけてもらえるかな。……あれ、右手の包帯はどうしたの?」
近づいてきたアスカの右手に包帯が巻かれていることに気づいた男性がたずねる。
「…なんでもないわ。前回の戦いのとき、手首を捻挫しただけよ」
アスカはそっけなくそう答えると、勧められるままに男性の向かいにある丸い席に腰掛けた。
「そう……。じゃぁ、まずは自己紹介をするね。僕はテレンス・柊・ハヤト。ここでの役職は作戦部情報分析課課長ということになってる。具体的な仕事の内容は…」
「知っているわよ」
アスカはハヤトの話を強引にさえぎった。
「……それより、今日私をここに呼んだ理由を聞かせてもらえるかしら?」
アスカの口調には、言外の随所に苛立ちがこもっていた。
「…そうだね。それを話しておくべきだね」
にもかかわらずハヤトは依然として人のよさそうな笑みを浮かべつつ、そう言った。
「……アスカ自身もよくわかっていると思うけど、君のシンクロ率は最近緩やかな減少を続けているね。僕はその原因を解明して、できれば問題を解決する手助けをしたいんだ。これはそのための面接。…言ってみれば、カウンセリングみたいなものだね」
腕を組みながら、アスカはハヤトの言葉を黙って聞いている。
「……といっても、別に何か特別なことをするわけじゃないから安心して。まぁ、アスカは世間話でもするつもりで、僕の質問に答えてくれればいいから」
そう言ってハヤトは再び笑った。
「説明するのはこんなところだけど……これでいいかな?」
「…いいわ。…ただ、ひとつ答えて」
言いながら、アスカの視線は鋭く射抜くかのようにハヤトの顔を捉えた。
「いいよ。なんだい?」
「どうしてウソつくの?」
「ウソ?」
「そう」
「ウソなんかついてないよ?」
アスカは鼻で笑った。
「……こうみえても私は五歳のときからドイツで訓練をうけてきてるのよ?……周りは大人ばかりの環境でね。大人のウソなんて簡単にみぬけるのよ? もちろん、あなたがウソをついてるかどうかだってね」
「…………」
一瞬の沈黙。ハヤトの顔からは笑みが消えていた。
「……君をここに呼んだのは本当にカウンセリングするためだ。他に意図はないよ」
「…フッ…」
アスカの視線が挑戦的なものに変わる。
「……なら、そのカウンセリングの目的は本当に“治療”にあるのかしら?」
「…………」
再び、沈黙が場を支配した。ハヤトは一度だけ深く息を吐いた。
「……確かにカウンセリングの目的は“治療”じゃない。君が今後も弐号機を操れるほどシンクロ率を維持できるか、それを判断することがこのカウンセリングの目的だ。……君の言う通り、僕はウソをついた」
「……私をただの14歳の子供だと思ったの?」
そういってアスカは笑みを浮かべた。それはアスカ自身のもつ魅力を全く体現したものではなかった。
「……これで、カウンセリングは失敗ね。……どうするの? もうやめる?」
「いや。やめるわけにはいかないよ。僕は君を大切に思っている人から依頼を受けているからね」
「……なら、どうするつもりよ?」
「やり直すさ。もう一度。初めから、ね」
「……それでまたウソを?」
「いいや」
ハヤトは左手でゆっくりとメガネをかけなおす。
「……アスカのほうこそどうなの?」
「……どういう意味よ?」
「どうして、ウソを?」
「ウソなんかついてないわ。あなたと違って」
「……ほんとに?」
「もちろん」
「なら」
刹那、ハヤトの瞳がそれまでにない鋭い輝きをみせた。
「その右手はどうして怪我をしたのかな?」
その時、初めててアスカが動揺したそぶりを見せた。
「……こうみえても僕はハーバードで心理学の博士を取得しているんだ。それに、今はネルフ作戦部情報分析課課長でもある。僕をただのその辺のカウンセラーと同じだと思ったのかな?」
そう言ったハヤトはアスカと違い笑ってはいなかった。
だからこそなのかもしれない。
その問いにアスカは何も答えられずただ黙っていた。